anone.one連載企画:「換気」という名の罠。外の空気は本当にきれい?第3回、(外気・雑菌篇)

下大利 楓:「お昼おいしかったですね。」
白木原 悦子:「食べ過ぎちゃったね。さてさて最終回、おっつけていこう。」
下大利 楓:「防犯も結露防止もクリアしてすごくスッキリしたんですけど、そういえばもう一つ気になりませんか? 『外の新鮮な空気を取り入れられないことへの不安』というか。やっぱり窓を開けて空気を入れ替えないと、なんとなく空気がこもる気がしちゃって。」
白木原 悦子:「そこ、すごく分かる!『窓を開けて換気=正義』って、子どもの頃から刷り込まれてるもんね。でも実は、そこにも大きな落とし穴があるんだよ。」
下大利 楓:「落とし穴、ですか?」
白木原 悦子:「うん。よく考えてみてほしいんだけど、『外の空気』って、本当にきれいだと思う?」
下大利 楓:「えっ……外の空気ですよね? 自然の中ならまだしも、普段の生活圏だと……どうなんだろう?」
白木原 悦子:「実は、私たちが思っている以上に、外気にはホコリ、道路の排気ガス、花粉、そして目に見えない雑菌やカビの胞子がめちゃくちゃたくさん舞い上がっているんだよね。」
下大利 楓:「たしかに……! 春や秋のシーズンなんて花粉や黄砂ですごいし、風が強い日は砂ぼこりも舞うし、窓を開けたら部屋がザラザラすることもありますもんね。」
白木原 悦子:「そう。『換気のために窓を開ける』ということは、実はそうした外の雑菌や汚れた空気を、わざわざ家の中や、一番清潔に保ちたいお風呂場にダイレクトに招き入れているのと同じことになっちゃうわけ。」
下大利 楓:「うわ、言われてみればめちゃくちゃ矛盾してる……! カビや汚れを防ぎたくて換気したつもりが、外から雑菌のタネをせっせと持ち込んでいたら本末転倒ですね。」
白木原 悦子:「そうなんだよ。だからこそ、クラシコアのセンターコア設計みたいにあえて外壁から切り離して、現代の高性能な換気システムできれいな空気をコントロールする方が、よっぽど衛生的で理にかなっているんだよね。」

下大利 楓:「防犯上の弱点を消し去り、寒暖差による結露を防ぎ、さらに外の雑菌までシャットアウトできる……。『窓がない』って聞いて最初は驚いたけど、実は安全と清潔をすべて守るための、めちゃくちゃ攻めたスマートな選択なんですね!」
あとがき
窓を開けて、外からの風を部屋に通すとき、私たちはどこかで「自然のものをそのまま受け入れている」という心地よさを感じている。カーテンがふわりと揺れて、新しい空気が部屋を満たす瞬間は、たしかに気分がいい。
けれど、ふと立ち止まって手のひらを眺めてみたり、春先の車のボディにうっすら積もる黄色い粉を見たりすると、目に見えないところで世界はすごくたくさんのものを含んでいるのだと思い知らされる。風はただの透明な空気ではなくて、街のざわめきや、土のにおいや、たくさんの小さな粒子を連れて旅をしている。
「換気をしなければいけない」という強い思い込みのなかで、私たちは時々、外にあるすべてのものを無条件に良しとしてしまう。きれいな空気を取り入れているつもりで、実はコントロールできない外の雑音や埃を、そのままいちばん無防備な場所に招き入れてしまっていることもあるかもしれない。
本当に心地よい空間というのは、ただ外の風を無造作に招き入れることではなくて、自分のなかに流れる空気の質を、そっと自分で慈しめることなのだと思う。
現代の確かな技術に守られて、きれいに整えられた空気がやさしく循環する場所。そこには、余計な心配や、外からやってくる見えないざわめきがない。ただ静かに呼吸をして、自分の中心に戻っていけるような清らかさがある。
「窓を開けなければならない」という呪縛をそっと手放したとき、部屋の空気はむしろ、より澄んで、あたたかく感じられるようになった。古い決まりごとをひとつずつ手放すたびに、私たちの日常は、もっと自由で軽やかなものに変わっていく。
全3回でお届けした「お風呂の窓」にまつわる小さな冒険、いかがだったでしょうか。当たり前を疑うことの先には、いつも静かで新しい豊かさが待っています。
(吉田二毛作)