anone.one連載企画:お風呂の「当たり前」を疑う、番外編(浴槽(バスタブ)必要?)

下大利 楓(Shimoori Kaede)
ライフスタイル編集者 / 「anone.one」編集部員
都内の築10年ほどのコンパクトなマンションに一人暮らし。物は多いが、自分なりのルールでディスプレイされた「心地よい雑多さ」を好む。週末は寺社巡りや、田舎の道の駅で手に入れた古い器を使ったホームパーティーが趣味。料理は気まぐれだが、器や盛り付けにはこだわりがある。情報収集はSNSがメインで、常に新しいトレンドとリアルな声を追いかけている。最近は「朝の赤まむし」を習慣にしようと試みているが、三日坊主になりがち。
白木原 悦子(Shirakibara Etsuko)
建築・空間デザインディレクター / クラシコア プロダクト担当
都心のリノベーション済みハイグレードマンションに居住。生活感は極限まで排除されており、厳選されたミッドセンチュリー家具と現代アート、そして観葉植物が配置された、まるでギャラリーのような空間。週末は早起きして、歯磨きで身体を整えた後、静かなカフェで読書やアイデア出しを行う。食事は味噌汁中心のシンプルで丁寧な自炊派。整理整頓が徹底されており、彼女のクローゼットにはお気に入りのジャケットが整然と並んでいる。

番外編:「お風呂=バスタブ」という信仰を脱ぎ捨てる。老後の健康と安全を守るためのスマートな選択
下大利 楓:「全3回で『お風呂の窓』の常識がキレイに覆されてすっきりしたんですが……、連載の最後に、いよいよ避けて通れない最大のテーマが残ってますよね。ズバリ、『バスタブを手放す』っていう話。」
白木原 悦子:「きたね(笑)。日本人の『お風呂といえば、深い浴槽に肩までたっぷり浸かるもの』っていう信仰心は本当に根強いから、ここをどう捉え直すかはクラシコアの設計思想でも一番大事なポイントなんだよね。」
下大利 楓:「正直、最初に『バスタブをなくしてシャワーブースだけにします』って聞いたときは、『え、それってさすがに寂しくない?』『お湯に浸からなくて健康に大丈夫なの?』って少し身構えちゃいましたもん。」
白木原 悦子:「うん、その感覚はすごくよく分かる。でも、私たちが本当に見つめ直さなきゃいけないのは、『そのバスタブが、私たちの心身の健康や安全をどれだけ脅かしているか』っていう現実なんだよね。」
下大利 楓:「健康を脅かしている……? 温泉とかお風呂って、体にいいものっていうイメージが強いですけど。」
白木原 悦子:「もちろんリラックス効果はあるけれど、高齢期に差し掛かったとき、深いバスタブをまたいで出入りする動作って、足腰や股関節にものすごい負担をかけるでしょ? 濡れた床でバランスを崩して転倒・骨折するリスクって、実は家の中の事故でもトップクラスに高い。」
下大利 楓:「たしかに……。ニュースとかでも、お風呂場での事故ってよく耳にしますよね。」
白木原 悦子:「それに、冬場の脱衣所と浴室の寒暖差によるヒートショックも、広い空間を温めなきゃいけない従来の浴室構造が大きな原因になっている。さらに、一人暮らしの日常で、あの広いバスタブの掃除やカビ取りに追われるのって、地味に精神的なストレスも大きいよね。」
下大利 楓:「言われてみれば、『使わないかもしれない維持管理』のために、自分の体力や労力をすり減らしてるのかも……。」
白木原 悦子:「そう。『お湯に浸からなければならない』っていう思い込みを思い切って手放して、代わりに『最高品質のシャワーブース』を据える。現代のハイエンドなシャワーなら、オーバーヘッドシャワーやマイクロミストを組み合わせることで、短時間で体の芯から温まるし、のぼせや心臓への負担も少ない。」

下大利 楓:「床の段差もないから、またぎ動作による転倒リスクもゼロに近くなりますもんね。」
白木原 悦子:「そう。バスタブをなくすことでコア自体のサイズもコンパクトになって、家全体の設計の自由度も爆上がりする。安全で、清潔で、手入れが圧倒的にラクで、なおかつ空間が広々と使える。」
下大利 楓:「『お風呂にはバスタブが絶対必要』って思い込んでいたのは、自分を縛る古いルールだったんだ……。何かを我慢するんじゃなくて、自分の心身の健康と安全を本当に守るための、めちゃくちゃ前向きな『引き算の美学』なんですね!」
白木原 悦子:「その通り! 古い常識を脱ぎ捨てて、自分にとって本当に必要な心地よさだけを選び抜く。それこそが、これからの時代を軽やかに生きる大人の選択だよね。」
あとがき
一日の終わりに、たっぷりとお湯を張った浴槽に肩まで浸かる。それは、冷えた体を芯からほぐしてくれる、たしかに最高のご褒美みたいな時間だった。疲れた夜には、お風呂のなかに一日の緊張をすべて溶かしてしまうような、そんな深い安心感があった。
だからこそ、「それを手放す」と言われたとき、心のどこかで小さなざわめきが起きた。お風呂からバスタブをなくすなんて、なんだか毎日の楽しみをひとつ奪われてしまうような、そんな寂しさを感じたのだと思う。
けれど、ふと自分の生活を静かに見つめ直してみる。 広い浴槽を綺麗に保つための毎日の掃除や、使っていないときでもそこにドンと陣取っている大きな白い箱。これから歳を重ねていく中で、その深い縁をまたぐときに感じるわずかな緊張感。私たちはいつの間にか、「お風呂とはこうでなければいけない」という重荷を、疑うこともなく背負い続けていたのかもしれない。
何かを手放すことは、決して何かを諦めることじゃない。 むしろ、自分を縛る古いルールをそっと手放して、自分の体を、そして暮らしを、もっと軽やかで自由にしてあげるための優しい選択なのだと思う。
上質なミストとあたたかな水流に包まれるシャワーブースは、私たちが思っているよりもずっとスマートで、心地よい。お湯に浸かることだけが癒やしではなくて、「無理をしないこと」「余計な重荷を下ろすこと」のほうが、これからの私たちにはよっぽど必要な温もりだったりする。
古い常識の殻をひとつ脱ぎ捨てるたびに、毎日は少しずつシンプルに、美しくなっていく。 自分の足で軽やかに立ち、自分の心地よさを自分で選んでいくこと。そんな小さな自由を大切にしながら、これからもやわらかな足取りで暮らしていけたらいいなと思う。
(吉田二毛作)